ストーリーズ #008
芸人×農家
ソラシド 本坊元児さん
地域:山形県西川町ほかタイプ:主業・副業一体型
4月も半ば過ぎ、こっちの方はまだまだ桜が見頃だなと思いながら車を走らせ到着したのは、山形県西川町にある一軒の古民家。裏庭の畑を覗くと、雄大な山々を背にしたソラシド本坊さんが、YouTube用にカメラを回しながら作業中でした。
愛媛県松山市出身の本坊元児さん(ボケ)と、大阪府大阪市出身の水口靖一郎さん(ツッコミ)によるお笑いコンビ「ソラシド」。2001年に結成し、2018年からは「山形住みます芸人」として活動されています。
「山形に来る前は東京で月に一回仕事があるかないかで、ずっと建築現場でバイトしていました。そのときに、前任の山形住みます芸人やった笑福亭笑助さんが、落語家さんなので上方に戻って活動するということで、僕らに『山形どうや』って声がかかったんです。」
「最初、住みます芸人の事業に対しては、都落ち感もあるし、先に行っていたメンバーは若手の子が多くて、『地方行ってどうやねん』って気持ちも正直ありました。でもあのときは、バイトも辞めたかったですし、もし10年後だったら声かかってないかもな、声かけてもらえるうちが華やなと思って、山形でタレント活動するのは即決でしたね。」
壮絶な肉体労働現場の日々、売れていく同期への羨望や焦りを綴った、本坊さんの自伝的小説『プロレタリア芸人』(扶桑社)
https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594088187
それまでまったく縁がなかった山形の地。
最初の印象はどうでしたか。
「東京にあるものは全然無いけど、東京に無いものはいっぱいあるなと感じたんです。土地と空き家と自然と。これはある意味武器になると思って、山形ならではのことを東京に向けて発信していきたい、山形で何やってんだって東京の番組が来るようにしたいと思いました。」
そこで、家庭菜園を始めようと思ったという本坊さん。しかし、山形市内のレンタル菜園は人気で空きは無し。諦めかけていたとき、コロナ禍に入り仕事が激減したといいます。
「1、2月の仕事が全部なくなって、たぶん5月から食えないなと。それで自給自足しようと思って、たまたま知り合ったおじさんに古民家を借りて、畑を始めたんです。」
たまたま知り合ったおじさんに古民家を借りて…?
「僕、沖縄三線が趣味で、うまく弾けたらSNSで配信して発表してたんです。それを見てくれていた山形のおじさんが『僕も三線やってるんです』って言うから、一緒に練習会しませんかとなりまして。そしたら、僕らが山形で芋煮会してるところに来たんですよ。隣の山辺町からブワーッ!って、自転車で。」
「めちゃくちゃすごい行動力。20くらい年下の子たちの中に飛び込んできて、一緒に三線やるんですからね。すごいなと思っていたら、その方が『西川に空き家があるんだけど、雪下ろしが大変だからやってくれたら有難い』って。『その代わり何やっても良いよ』と言ってくれたので、それならやらせてくださいと。」
びっくりするような縁から、西川町の古民家と畑を再利用することになった本坊さん。
「最初に始めたのがここです」と言って見せてくださったのが、裏庭の畑です。
「最初は、これ全滅しても良いと思って植えたんですよ。アカンかったわっていう動画配信できたら、ひとボケできるやないですか。今はマネージャーさんも販路拡大のために動いてくれているから申し訳ないですけど、でもミスっても良いんです。」
「これが、農業一本だと笑いになんないですよね。俺、泣くかもしれない、全滅させたら。だから、利益を生むためっていう範疇を超えて動けることが、強みになっているというか。『俺これやってみますわ、利益にならんかもしれんけど』って、チャレンジができる。」
試行錯誤や実験を重ね、今では直売会やイベントを開催すれば即完売になる「本坊ファーム」の野菜。一方、農業をすることによってメディアからの注目も集まっている本坊さんは、今年に入って全国区のテレビ番組にいくつも出演。農業を頑張れば頑張るほど、本業も忙しくなってきているといいます。
「なんやったら、住みます芸人になるまでにテレビに出た回数より、今年の方が多く出てるんですよ。『地方やから』とか、関係ないんだなと思いましたね。ソラシド本坊を呼びたいとなったら、多少お金がかかっても呼んでくれる。」
「今は、芸人が作っている野菜だから買ってもらっている部分があると思うし、僕が山形で農業やっているからテレビにも呼んでもらっています。だけど今後は、『この野菜、あの芸人が作ったん!?』って、どこかで点と点が繋がるような。そんな風になれればベストやと思ってます。」
家の後ろにあるもう一つの畑で作業をする本坊さん
芸人×農家という新しいスタイルを見せてくれている本坊さんですが、この仕事を続ける理由は何なのでしょうか。
「芸人の仕事は、金と言うには無理があるんです。だから、なんでしょうね…。正直、辞めるタイミングなんて毎年のようにありました。新人のお笑いコンテストに出られなくなった、M-1に出られなくなった。若いとき思い描いていた芸人像ではない道を行っているので、毎年相方に言ってました。『もう無理やろ、水口』って。でも水口は、どんな形であれ“芸人”という気持ちがあったみたいで。僕も、本音では辞めたくなかったです。それはやっぱり、好きだからなんでしょうね。」
ケーブルテレビに出演するソラシドのお二人
「学祭とか行って、ドカン履いたヤンキーが手叩いて笑ってたり、おとなしい感じの子が堪えるように笑ってたり。あとは、仲のええ芸人とか憧れの先輩が笑ってくれているとき。自分が発した言葉で人が笑ってくれていることが、一番嬉しいんです。」
農業をする理由は?と聞くと…
「どんだけの量の野菜作ったらおもろいかなって、下心が多少。多少というか、8割それだなぁ。」
2020年は大根を700本、にんにくを3,500本作ったという本坊さん
芸人の仕事をしながら他の仕事をする。そういう意味では、東京にいた頃も山形に来てからも同じはず。本坊さんの中では何が違いますか。
「『どうちゃうねん』みたいな気持ちはありましたね。『また土掘っとるな、俺』って。だけど、全然違うんですよ。今も、畑やってラジオとテレビやって、正直めちゃくちゃしんどいです。でもね、その忙しさが自分から動いていることだったら、けっこう頑張れる。僕、今月ほんとうに休みが無くて…。あ、来週の月曜日休みだけど、たぶんこっち(西川)来てるんだろうな。」
「自分で動く副業だったら、生き甲斐になるんじゃないですかね。今って、昔みたいに副業アカンっていう風潮じゃなくなっていると思うので、お前めっちゃええやんけ!ってなったら、うちとコラボせえへんとか、うちで販売して良いよとか、一緒に底上げしていける。僕も、この地の利を生かしまくって、テレビに出まくって、頑張ってやっていきたいと思ってます。」
(文:色摩ゆかり)
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